そして人魚はサメになった~オーストリアの人魚伝説~

未確認生物・UMA

ハロルド=W=マコーミックの1963年の著作『海の中の影』からオーストリアに伝わる一風変わった人魚伝説を紹介しよう。

物語の舞台は、オーストリア西部のボーデン湖畔の小さな町・ブレゲンツだ。

ブレゲンツの町

出典 Panorama from multiple images of Haggen to Bregenz on Lake Constance./böhringer friedrichを著作権者とする本作品のライセンスはCC BY-SA 2.5による

町にあるアーチ道には、干からびた「サメのミイラ」のようなものが吊るされている。伝説では、13世紀からずっとそこにあるらしい。もっとも、現在吊るされているのはオリジナルではなく石のレプリカである。

出典 ”Shadows in the sea: the sharks, skates and rays

これがマコーミックの本に載っている「ミイラ」の写真だ。いびつにねじ曲がっているが、その姿は確かにサメのように見える。今回紹介する人魚伝説は、この「ミイラ」の由来についてのお話である。

ブレゲンツの人魚伝説

当時、ブレゲンツはドイツ諸侯の絶え間ない攻囲と疫病にさらされていた。

ある日、漁師がボーデン湖で網(あみ)を引き揚げると人魚が掛かっていた。彼は逃がそうとするが、その時湖から大きな声が響いてくる。

「我が娘を連れて行き、アーチに吊るせ。陸の女性ともうけた子なので、ここでは役に立たぬ」

イメージ画像 湖の精霊

漁師は湖の精霊に背くことを恐れ、その不気味な命令に従うことにした。

次の日の朝、人魚は死んでいた。もだえ苦しんだ末、グロテスクな形にねじ曲がって息絶えていた。伝説によると、人魚の死はブレゲンツに長い平和と繁栄をもたらしたという。

イメージ画像 人魚

以上がブレゲンツの人魚伝説である。哀(あわ)れな人魚の死が町の繁栄につながるというのは、何とも不条理な話だ。

ミイラの正体

さて、このような謂(いわ)れを持つ人魚のミイラだが、一応正体は判明している。

大英博物館の魚類学者・デニス=W=タッカーがミイラ化した「ニシネズミザメ」ではないかと写真から推測しているのだ。

ニシネズミザメ

彼は現物を見ていないので、そこまで確証を持てる説ではない。とは言え専門家の見解である。少なくともサメであるのは確実だろう。

海から遠く離れた淡水湖にまつわる人魚伝説が、ふたを開けてみれば海生のサメなのだ。このミイラがどうやってブレゲンツの町にやって来たのかは謎である。

ミイラは今もあるの?

1960年代の本に載っている「人魚のミイラ」は今もブレゲンツにあるのだろうか?

ミイラが吊るされているのは、ブレゲンツのシュタットシュタイク通りにある「下の門(Unteres Tor)」という建物だ。

現地に行ったつもりで、ミイラ探しの散策と行きましょう!

出典 グーグルマップのストリートビュー

ミイラを求めてシュタットシュタイク通りを登っていきます。

 

出典 Ehregutaplatz 1/böhringer friedrichを著作権者とする本作品のライセンスはCC BY-SA 2.5による

すると、「下の門」がその立派な姿を現します。

中を覗(のぞ)いてみましょう。

出典 グーグルマップのストリートビュー

ほら、何かぶら下がってますよ?

 

反対側からも見てみましょう。

あれは、もしや?

 

あった!あった!人魚のミイラだ!

 

出典 グーグルマップ

すごいなあ~、立派だなあ~、サメだなあ~

800年も前から町の守り神としてそこにいるのか。ご苦労さま。

おわりに

というわけで、リモートオーストリア旅行、楽しかったですか?

人魚が死んだらサメになってたなんて不思議ですね。ひょっとして人魚の正体って精霊が宿ったサメなのか?そんなわけないか( ^ω^)・・・。

何はともあれ、異国情緒あふれる中世ヨーロッパの伝説はロマンがあっていいですね。