トゥームストーンの翼竜~怪鳥伝説と失われた写真の謎~

未確認生物・UMA

米国南西部アリゾナ州の砂漠の町・トゥームストーン

トゥームストーンの街並み
By Gillfoto – Own work, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=72931175

西部開拓時代の辺境の街並みを残し、ワイアット=アープのO.K.牧場の決闘の舞台としても知られる観光地です。荒野の風情と歴史に彩られたこの町は、かつて巨大な未確認生物事件で世間を騒がせた場所でもあります。

1890年4月26日、地元の新聞『トゥームストーン・エピタフ』紙に非常に奇妙な記事が掲載されました。砂漠地帯から帰宅途中の二人のカウボーイが巨大な怪鳥を発見したというのです。

西部の荒野で起こったとされる未確認生物との遭遇と 失われた怪鳥の写真の謎についてご紹介します。

トゥームストーンの翼竜、怪鳥伝説を生んだ新聞記事

早速、事件について報じる当時の新聞記事を見てみましょう。

トゥームストーンエピタフ紙1890年4月26日の記事

砂漠での発見
奇妙な有翼の怪物がフワチューカ砂漠で発見され仕留められた
『トゥームストーンエピタフ』1890年4月26日の記事(部分)/アメリカ議会図書館のデータベースより引用

翼を持つ巨大な怪物が発見された。去る日曜日(※1890年4月20日)、ウェッツトン山地とフワチューカ山地の間の砂漠で帰宅途中の二人のカウボーイが見つけたそれは、巨大なアリゲーターに似ており 極めて細長い尻尾と広大な一対の翼を持っていた。

ウェッツトン・フワチューカ・トゥームストーンの位置関係

※ウェッツトン山地・フワチューカ山地・トゥームストーンの位置関係/グーグルマップより引用

その生物は長い飛行により明らかに疲労困憊(こんぱい)であり、発見時には一度に短い距離しか飛ぶことができなかった。

二人の男は最初はひどく仰天したが、それが過ぎ去ると、馬にまたがりウィンチェスターライフルで武装した彼らは怪物を追跡する勇気を取り戻した。

ウィンチェスターライフルとカウボーイの装備

※ウィンチェスターライフルとカウボーイの装備

そうして数マイルに渡る刺激的な追跡劇の後、ライフルを発砲するのに十分な距離まで近づくことに成功し、怪物に傷を負わせていった。

その生物はその後男たちに向かってきたが、疲弊(ひへい)状態だったため彼らは避けることができた。そして数発の直撃弾の後、怪物は部分的にひっくり返り動かなくなった。

男たちは注意深く接近する。馬が恐れのあまり鼻息を荒立てるが、怪物は死んでいた。

カウボーイ

※カウボーイ(イメージ)

彼らはその後調査に取り掛かり、その生物が全長約92フィート(※28メートル)・最大径約50インチ(※1.27メートル)であることが分かった。

怪物の脚は2本だけであり、翼と体の接合部の正面近くに位置していた。頭部は、彼らが判断できる限りでは約8フィート(※2.4メートル)の長さであり、顎(あご)には強固で鋭い歯がびっしりと付いていた。眼球はディナーの皿と同じくらいの大きさがあり、頭から半分突き出ていた。

巨大な翼竜のイメージ

※翼竜(イメージ)

翼は、部分的に体の下敷きになっていたため計測するのがかなり難しかったが、最終的に一方を真っ直ぐに伸ばしたところ78フィート(※24メートル)あり、端から端までの全長は約160フィート(※49メートル)だった。その翼は、厚く ほとんど透明な膜組織からなり、体全体と同様 羽毛や体毛が全くなかった。

体の皮膚は比較的滑(なめ)らかであり、弾丸で容易に貫通できた。

翼竜のイメージ

※翼竜(イメージ)

男たちは片翼の端の小片を切り取り、家に持ち帰った。昨夜遅くに彼らのうちの一人が補給するため、及びその生物の皮をはぐのに必要な準備を整えるために当市に到着し、同日、その皮は著名な科学者の検査を受けるため東部に送られるだろう。

発見者は、その奇妙な生物を損壊前に当市に運び込まんとする数名の著名人を伴って、今朝早くに戻っていった。

※文中の画像や注は引用者による

実に興味深い!今から約130年前、アリゾナ州南東部の砂漠の町・トゥームストーンでこんな新聞記事が掲載されたのです。ワクワクしますね!

実話なのか?

果たしてこの話は本当なのでしょうか?カウボーイの魅力的な冒険譚に興奮する前に、少し冷静に考えてみましょう。

まず目を向けるべきなのが、事件の舞台となったトゥームストーンです。

1881年ころのトゥームストーン

1881年ころのトゥームストーン

かつて銀鉱の町として栄えていたこの町も、1881年・82年の大火や銀の枯渇(こかつ)などで没落し、記事が掲載された1890年ころにはすっかり低迷していました。

そのため、この有翼の怪生物の話も町に観光客を呼び込むためのでっち上げと見る向きが多かったそうです。まあ、これが現実的な反応ですね。

1872年のプテラノドンの復元図

1872年のプテラノドンの復元図

出典 Webb, William Edward, “Buffalo land”, Chicago : E. Hannaford & Company, 1872, p357.

実際、当時すでに翼竜は発見されていたので、そうした知識を基に創作することは不可能ではなかったでしょう。もしくは、西洋の伝統的なドラゴンのイメージから発想することも出来たと思います。

また、記事中に書かれた生物の巨大さはおよそ現実離れしており、仮に実話だったとしてもかなり誇張されているはずです。体長28メートル、翼幅49メートルですからね!そんな巨大生物は恐竜時代にだっていません。

史上最大級の翼竜ケツァルコアトルス・ノルトロピの復元

ケツァルコアトルス・ノルトロピの復元

By Fossiladder13 – Own work, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=114534803

史上最大級の翼竜として知られるケツァルコアトルス・ノルトロピでさえ翼開長11~12メートルなのです。この怪生物は その約4倍もあり、ほとんど空の大怪獣です。現実的に考えて、このサイズ感は無理があります。

大幅に話を盛ったのか、それとも完全な創作なのか。少なくとも分かっている事実としては、この話が他の新聞に掲載されることはなく、続報が出ることもありませんでした。

消えた写真の謎

トゥームストーンの翼竜は、もう一つの興味深いミステリーを残しました。多くの人が怪鳥の写真を目撃したと主張しているにもかかわらず、その写真が見つかっていないのです。

消えた写真の謎は、1963年ジャック=パール(Jack Pearl)という作家の主張から始まったとされています。彼は、男性雑誌『Saga』誌の1963年5月号に「人間を連れ去る怪鳥!(Monster Bird That Carries Off Human Beings!)」と題する記事を投稿しました。

Saga Magazine 1963年5月号のJack Pearlの記事

Saga誌に投稿されたジャック=パールの記事/By Robert Deis (a.k.a. SubtropicBob)、flickrより引用

この記事の中でパールは、1886年に『トゥームストーン・エピタフ』紙が「壁に釘付けにされた巨大な鳥の写真」を公開したと主張したのです。その鳥は二人の探鉱者が撃ち落として町に持ち帰ったもので、鳥の前では6人の男性が腕を広げて一列に並び、その大きさを示していたと言います。怪鳥は翼端から翼端まで約36フィート(※11メートル)もの大きさがあったとしています。

さらにそのわずか4か月後の1963年9月、同じ写真について言及していると思われる記事が超常現象専門誌『Fate』誌に掲載されました。それはペンシルベニア州在住のヒラム=M=クランマーという人物が編集部に送った手紙であり、1900年頃にやはり二人の探鉱者が怪鳥を撃ち落とし、トゥームストーンに運び壁に釘付けにしたとしています。鳥の大きさも同じく約36フィートと書かれています。

クランマーによれば、写真は6人の男性が腕を広げて鳥の下に立っている様子を示しており、その後 教授に扮(ふん)した役者の一団も鳥と一緒に写真を撮影したと言います。

怪鳥と6人の男の写真の想像図

想像図

こうして世に知られるようになった「怪鳥と6人の男の写真」は、やがて多くの人々の記憶を呼び覚ましたようです。その後 次第に その写真を実際に見たことがあるという人が現れはじめたのです。ある者は雑誌や本に載っていたと言い、またある者はテレビ番組で紹介されていたと主張しました。

この写真を覚えている人の中には、著名な超常現象研究家で『モスマンの黙示』の作者として知られるジョン=A=キールもいました。

ジョン=A=キール/Twitterより引用

有名無名の多くの証言が写真の実在を支持しました。

ところが、どこを探してもそんな写真は見つからなかったのです。多くの問い合わせを受け、『トゥームストーン・エピタフ』紙ではバックナンバーの捜索を行いましたが、そのような写真が掲載された事実はありませんでした。また、大勢が様々な雑誌の調査を行いましたが、何らの成果も得られず、問題の写真についてのパールの記事以前の記述も見つかっていません

一体、幻の写真はどこへ消えてしまったのでしょうか?

幻の写真の行方

実は、この話はそもそも発端から怪しかったのです。『Saga』誌のパールの記事と『Fate』誌のクランマーの手紙。全く別の雑誌に別人が同じような写真の話を書いたという事実は、一見すると写真の実在を支持しているように見えます。

しかし、ほぼ同時期に似たような話が載るというのは偶然にしては出来過ぎていると思いませんか?

怪鳥写真クランマー起源説

これについて、超常現象専門誌『Strange Magazine』の編集者で『Fate』誌のコラムニストも長年務めてきたマーク=チョルヴィンスキーは、パールの記事に情報提供をした人物がクランマーその人であった」という説を唱えています出典

そう主張する理由は主に二つです。

理由その①
  • パールは記事中で、「ペンシルベニア州の住人から」『Saga』誌がいくつかの怪鳥目撃報告を受け取ったと書いている

クランマーがペンシルベニア州に住んでいたことは、上に述べたとおりです。

理由その②
  • パールが紹介したペンシルベニア州住人の怪鳥目撃報告クランマーが書いた自身の怪鳥目撃談詳細が酷似している

どのくらい似ているのでしょうか?実際に見てみましょう。

パールが紹介した目撃報告
パールが紹介した目撃報告
クランマーが書いた目撃談
クランマーが書いた目撃談
Mark Chorvinsky, “Investigating the Thunderbird Photo Story”, Cowboys & Dragonsより引用

英文読解が少々面倒ですが、お分かり頂けたと思います。

  • 1922年4月という年月
  • 夕暮れ時に自宅の門でという時刻と場所
  • 怪鳥が、50フィート(15メートル)に枝を広げた松の木を通り過ぎたという状況
  • 松の木との比較から鳥の大きさを推測するという内容
  • 35年間この出来事を黙秘し続けたという告白

ことごとく一致しています。ここまで同じだと、パールの記事のソースがクランマーではないと考える方が難しいのではないでしょうか。

以上の根拠からチョルヴィンスキーは、クランマーは『Saga』誌と『Fate』誌に同内容の手紙を送り、パールはそれを基に『Saga』誌の記事を書き、『Fate』誌では手紙をそのまま掲載したと考察しています。それぞれの雑誌の編集環境の違いで、たまたまパールの記事が先に世に出たのだとか。

怪鳥写真クランマー起源説のイメージ

怪鳥写真クランマー起源説のイメージ

この説が正しければ、幻の写真の出所はペンシルベニア州在住の一個人ということになります。ヒラム=M=クランマーは、1950年代~60年代にかけて『Fate』誌に巨大な怪鳥・サンダーバードに関する一連の手紙を送り、掲載されていた人物です。その手紙では、彼自身とその他の人々のサンダーバードの目撃談を複数報告しています。

巨大な怪鳥に何度も遭遇する人の話はどの程度信用できるでしょうか?もしかすると、幻の写真は最初から存在しなかったのかも知れません。

それでも、多くの人々がこの写真を記憶しているという謎は残ります。そのためこの話は、不特定多数の人々が事実と異なる記憶を共有する「マンデラ効果」の事例とも見なされています。

積み上げられた雑誌のイメージ

果たして「怪鳥と6人の男の写真」は実在したのでしょうか?合理的にはそんな写真は無かったと言えそうですが、決定的な答えは出ていません。どこかの古雑誌の山の中に幻の写真が人知れず眠っているかも知れないという一抹(いちまつ)の希望は、依然として残されています。

さあ、あなたも探してみましょう!答えのないミステリーは、徒労を厭わぬ者を歓迎します♪

疑惑の写真を検証してみよう!

納屋から古雑誌の束を引っ張りだしてくる前に、ネットの世界に目を向けてみましょう。現在ネット上には、問題の失われた写真だとされる疑惑の画像や それと類似した出所不明の写真が多数存在しています。それらをいくつか検討してみる価値はありそうです。

写真①

トゥームストーンの翼竜とされる写真①
By Chris Smith、flickrより引用

6人の男性がプテラノドンのような翼竜の翼を広げているこちらの画像。トゥームストーンの翼竜に関する記事の中で、しばしば出所不明のまま引用されている写真です。

怪鳥と6人の男の組み合わせという点では失われた写真の説明と一致しますが、翼竜は壁に釘付けにされていませんし男たちも手を広げて立ってはいません。

また、コナン=ドイルの『失われた世界』を読んだことがある人なら、翼竜の翼の再現が間違っていることに気付くでしょう。長く発達した複数本の指の間に膜が張るという構造をしていますが、これはコウモリの翼の特徴なのです。

翼竜とコウモリの翼の違い

翼竜とコウモリの翼の違い

翼竜は、1本の指が極めて長く発達し、その間に膜が張るという構造をしています。翼竜を描くときに覚えておくと便利な豆知識です。写真の怪鳥は翼竜とコウモリのハイブリッドであり、想像の産物と思われます。となると、この写真の真偽も分かって来るというものです。

実は、この画像は完全に出所が判明しています(画像の下に小さく書いているので既にお気付きですね?)。クリス=スミス(Chris Smith)という人物が画像共有サイトのFlickrに投稿した画像で、投稿者自身がトゥームストーンの翼竜を基に創作したものであることを説明しています。

残念、フェイクでした。

写真②

トゥームストーンの翼竜とされる写真②

吊るされた巨大なプテロダクティルのような怪鳥の前に並ぶ男性ハンターの面々。やはり失われた写真の説明とは一致しませんが、なかなかワクワクさせてくれる写真です。

こちらは2011年頃からネット上に現れた画像で出典海外の検証記事によると、1800年代後半のものではなく1930年代~40年代のシカ狩りの一団を撮影したものだそうです。

左から3番目の男性の脚の付近にシカの脚が見えています。

消し忘れたシカの脚

フォトショ職人の手抜かりでしょうか?

さらに、背後に合成された翼竜と完全に一致するプテロダクティルの模型の写真も特定されています。

プテロダクティルの模型

翼開長50センチ程度のプテロダクティルがフォトショップマジックで巨大な怪鳥に変身したわけですね。この模型写真は、元々ある画像素材サイト内に存在し、その後削除されたとされるもので、今はどういう経緯か英国のオンラインストアで額入り写真やジグソーパズルが販売されています。

上のフェイク画像と一緒に飾ってみるのも一興かも知れませんね。

写真③

トゥームストーンの翼竜だとされる写真③

整列するハンターたちと丸太小屋に張り付けられたプテラノドン

このプテラノドン、どうやって張り付いているのでしょうか?それに何だか写真の他の部分よりもクッキリしているような・・・?

翼竜が合成される前の写真
Superior View Hunting & Wildlifeより引用(※一覧中の「H-CAMP07 Log Cabin Hunters」が該当写真)

それもそのはずです。そこに翼竜などいなかったのですから。

海外の検証記事では、合成に使われたプテラノドンの素材も特定されています。

プテラノドンのプラモデルの箱
scale matesのPteranodon,Revell 6475 (1992)のページより引用

Revellというブランドから1992年に発売されたプテラノドンのプラモデルの箱の画像です。

実際にこの素材をフォトショップで加工して問題の写真の上に合成する試みも行われています。

合成されたプテラノドン画像
Dr Karl Shuker, “PHONEY PHOTOS OF THE THUNDERBIRD AND BIGFOOT KIND – SHOOTING DOWN ANOTHER TWO EXAMPLES”, ShunkerNatureより引用

お見事!パズルのピースがぴたっとはまったかのような爽快感がありますね。

この他にも多くの写真が存在しますが、いずれも消えた写真の説明と異なっていたり、怪しい点があったり、フェイクと判明していたりします。幻の写真はそう簡単には姿を見せてくれないようです。

まとめ

  • 1890年、アリゾナ州の砂漠で二人のカウボーイが巨大な怪鳥に遭遇したとされている
  • その怪鳥と思われる写真が地元の新聞に載ったとされるが、写真は見つかっていない
  • ネット上には問題の写真だという疑惑の画像が多数存在するが、多くはフェイクである

西部開拓時代に起こったという未確認生物との遭遇。米国西部の荒野の空を先史時代の翼竜が翔るという魅力的なアイディアは、やがて多くの人を惹き寄せ、失われた写真の一大ミステリーを巻き起こしました。一本の新聞記事から始まった物語は今なお健在で、好奇心と探究心を刺激された人々が謎を追い続けています。新たな発見が謎を解明する日は来るのでしょうか?

参考リンク

※上記カラパイアの記事には「失われた写真」の説明について事実と異なる脚色があるので注意。引用画像に合わせて「6人の男たちが後方に立ってトゥームストーンの翼竜の翼をもち、前方には4人の男たちと2匹の犬がいるという構図」と書いていますが、翻訳元の海外記事にはこのような記述はありません。次に示す翻訳元記事の原文と対照のこと。

※こちらの記事ではジャック=パールの記事の年代を1966年としていますが、1963年の誤りです