今も昔も人々の興味を惹いてやまない不思議の代表格であるUFO。1970年代、全米2位のUFO目撃件数を誇るフロリダ州(出典)でUFOに関する街頭調査が行われました。
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多くの人がここでUFOを見たことがあると言っており、連邦政府の調査を求めている―The Miami News 1978年3月9日
この記事の中では、インタビューを受けた人たちがめいめい自分の考えを述べています。「UFO調査は税金の無駄だ」とか、「UFOを通報できる公式の機関がないのはケシカラン」とか。
そんな中、とても面白い意見を述べた人がいます。
If there were no space ships, where did the thought originate?
SHIRLEY ELLIOT, Miami《日本語訳》
もし宇宙船がないなら、その思想はどこから生じたのであろうか?
シャーリー エリオット、マイアミ
皮肉が効いていて面白いと思いませんか?「君は宇宙船は存在しないと言うが、『宇宙船』という概念は持ってるわけだ。その概念はどこからやってきたんだい?」みたいな。
確かにそう考えると不思議ですよね。「宇宙船」のイメージっていつ頃からあるんだろう?人類が「宇宙ロケット」や「スペースシャトル」を開発するより前からあるのかな?今回は、これについて探ってみようと思います。
目次
「宇宙船」の起源を探ってみよう!
「宇宙船」のイメージはどこまでさかのぼるのか?少なくとも1898年に出版されたH=G=ウェルズの『宇宙戦争』には出てくるよね。
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H=G=ウェルズ『宇宙戦争(The War of the Worlds)』(初版)の表紙
隕石に擬態(ぎたい)した飛行体で火星人が地球に飛来するけど、あれは一種の宇宙船だと思います。
もっとさかのぼると、1865年、ジュール=ベルヌの『地球から月へ』では有人の砲弾を発射して月旅行を行っています。
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『地球から月へ』の表紙と挿絵(さしえ)
これなんか完全に「有人宇宙船」だよね?
ジュール=ベルヌよりも137年前に描かれていた宇宙旅行
調べてみたら、これよりさらに137年も前にすでに砲弾による宇宙旅行を描いた話があるそうです!
それがこちら。
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『A trip to the moon』の表紙
出典 インターネットアーカイブのA trip to the moonのページ(外部リンクに飛びます)
アイルランドのSF作家・ムルタ=マクダーモット(Murtagh McDermott)が1728年に発表した『A trip to the moon』です。つむじ風で月まで飛ばされてしまった主人公が砲弾を使って地球に帰って来るお話です。
さて、その具体的な方法やいかに?該当部分を引用してみます。
We already know, said I, the height of the Moon’s Atmosphere, and know how Gun-Powder will raise a Ball of any Weight to any Height: Now I design to place myself in the Middle of ten wooden Vessels, placed one within another, with the Outermost strongly hooped with Iron, to prevent its breaking. This I will place over 7000 Barrels of Powder, which I know will raise me to the Top of the Atmosphere.〈中略〉But before I blow myself up, I’ll provide myself with a large Pair of Wings, which I will fasten to my Arms in my Resting-Place; by the Help of which I will fly down to the Earth.
出典 上掲書の84ページより
《日本語訳》
「我々はすでに知っているのだよ」、私は言った。「月の大気の高さと火薬がどの重さのボールをどの高さまで持ち上げるかをね。そこで、十重(とえ)に重ねた木製の容器の中心に自分を置くように設計するのさ。壊れないように一番外側を鉄のタガできつく締めてね。これを7000個の火薬の樽(たる)の上に置く。それが僕を月の大気圏の一番上まで連れて行ってくれる。〈中略〉でも自分を吹き飛ばす前に一組の大きな翼を準備するよ。それを自分の休憩所で腕に結び付けるんだ。それを使って地球まで降下するのさ」
ふ~む、砲弾で高く打ち上げた後に人力で飛行するという内容ですね。ちょっと宇宙船の概念からは外れる気がするな。
17世紀に書かれたロケットで月に行く話
念のためもう少しさかのぼってみましょう。
マクダーモットの『A trip to the moon』からさらに71年前、17世紀半ばに多段式ロケットのような方法で月に行く物語が書かれていたというのだから驚きです。
1657年に発表されたフランスの作家・シラノ=ド=ベルジュラックの著作『別世界又は月世界諸国諸帝国』(Histoire comique des États et Empires de la Lune)に収録されているお話です。
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『別世界又は月世界諸国諸帝国』の表紙
出典 フランス国立図書館が提供するデジタルライブラリー「Gallica」の同作品ページ(外部リンクへ飛びます)
主人公は最初、露(つゆ)が入ったビンをたくさん体に結び付けて月に登ろうとします。蒸発の力を利用するというちょっと荒唐無稽(こうとうむけい)な方法ですね。
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蒸発の力を使って空に登る男
―1709年にアムステルダムで出版されたシラノの作品集の口絵より
しかしこの方法は失敗。次にバネ仕掛けの装置を作りますが、ちょっと目を離した隙に誰かに持ち去られてしまいます。ようやく見つけ出すと、なんと火薬を使った火矢を結び付けられ今にも火を付けるところではありませんか!装置の用途を勝手に解釈した兵士が余計なことをしていたのです。
主人公は急いで止めようとしますが、何段にも重なった火矢が多段式ロケットのように次々と点火し彼を空高く舞い上げてしまいます。
実際にその部分の描写を見てみましょう。え?フランス語が読めないって?僕も読めません。岩波文庫から出ている日本語訳を使います(;´▽`A“
〈前略〉とうとうケベックの広場の真ん中で、人々がそれに火をつけようとしているところを発見した。自分の手になった作品が重大危機に瀕しているのに出会った苦痛は、私を大いに激昂させ、ついに馳け寄って、火をつけようとしていた兵卒の腕をつかみ、火縄を奪い取り、器械の周囲に装置してあった仕掛けを打ちこわそうと私はかんかんに怒ってその中に飛び込んだ。しかし時すでにおそし、中に両足をふみこんだと思うとたん、私は雲表高く舞い上ってしまった。〈中略〉というのは六つずつ並べられ、この半ダースずつを口火で結んである火矢を焔がなめつくしたとみるまに、その上層のがまた燃え出し、次にまたその上のが燃えて行き、火薬に火がついて危険を手間どらせると同時にますます大きくしたのだ。ところでその薬物がつきてしまうと仕掛けはだめになった。そこでもうどこかの山の頭にわが頭を放り出すことばかりを考えていると、(からだは少しも動かさないのに)相変わらず上昇がつづけられているのを感じた。そして私の器械はおいとまを頂いて地上をさして落ちて行くのが見えた。
引用 有永弘人訳『日月両世界旅行記 第一部』岩波書店、1952年、p19~p20
燃料が尽きた部分が地上に落下していくところまで多段式ロケットそのものです。この技術的発想は目を見張るものがあると思います。何せ17世紀の作品ですからね。
しかしお気付きでしょうか?ここには人が乗って宇宙空間を飛行する乗り物という発想がありません。あくまで生身の肉体を空高く打ち上げる装置として描かれています。先に見た『A trip to the moon』についても同じことが言えます。宇宙船のイメージとは少し違いますね。
というわけで、ここでは一応1865年のジュール=ベルヌの『地球から月へ』を宇宙船のイメージに合致(がっち)する最初の事例と見なそうと思います。
ベルヌの「宇宙船」は人類初の有人宇宙飛行よりも古い?

世界初の有人宇宙飛行を記念する切手(2011年、アゼルバイジャン)
そうだとすると、「宇宙船」のイメージは人類が実際に有人宇宙飛行に成功するよりずっと前からあることになります。
人類が初めて有人宇宙飛行に成功したのは1961年4月12日に打ち上げられた旧ソ連のボストーク1号です。かのユーリイ=ガガーリンが搭乗し、「地球は青かった」の名言を残した宇宙飛行ですね。
ユーリイ=ガガーリン出典:Гагарин перед стартом полёта/Mil.ruを著作権者とする本作品のライセンスはCC BY 4.0による
ジュール=ベルヌはこれよりも96年も前に「宇宙船」の概念を発表していたのです!
研究・開発の歴史までさかのぼるとどうか?
さて、当然起こる疑問として、「はじめて成功したのが1961年なだけで、実際にはそれよりも前から宇宙船の研究が行われているのではないか?」というのがありますね。
そこで、研究・開発の歴史までさかのぼってみます。ソ連の宇宙開発は1930年代に始まっています。1933年8月19日、ロケット研究グループのGIRDがソビエト初の液体燃料ロケットを打ち上げました(出典:ウィキペディアの「ソビエト連邦の宇宙開発」の記事)。
こうしたソ連の宇宙開発を支えたのが、「宇宙旅行の父」と呼ばれるコンスタンチン=ツィオルコフスキーが確立した宇宙開発理論です。
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コンスタンチン=ツィオルコフスキー(1857-1935)
彼は、1903年に発表した論文「反作用利用装置による宇宙探検」の中で人工衛星や宇宙船の示唆(しさ)を行い、宇宙旅行の可能性としてロケットで宇宙に行けることを証明しました(出典:ウィキペディアの「コンスタンチン・ツィオルコフスキー」の記事)。
彼はこの論文の中で、ロケット推進に関する公式「ツィオルコフスキーの公式」を発表しています。この式は、現在でもロケット分野の最も重要な基本式として知られているものです。
Vr= Ve log (m0/ m1)
Vr:ロケットの最終到達速度〔m/s〕
Ve:推進剤(燃焼ガス)の噴射速度〔m/s〕
m0:推進剤込み(打ち上げ前)のロケットの質量〔kg〕
m1:ロケット本体のみの質量〔kg〕
そして、この式は元々1897年5月10日付けの原稿で考案していたものでした。
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「ツィオルコフスキーの公式」を考案した1897年5月10日付けの原稿(一部)
このように、理論研究の段階までさかのぼってみても19世紀末~20世紀初頭くらいなのです。
これより約30年前の1865年に宇宙船の概念を思い付いたジュール=ベルヌは一体何から着想を得たのでしょうか?後に「宇宙旅行の父」と呼ばれるツィオルコフスキーも、この時わずかに8歳。ベルヌが参考にできる公表された科学的知識があったとも思えません。
真っ当に考えれば、作家の純粋な想像力や『A trip to the moon』のような先行作品からの引用でしょう。
でも、もしも・・・
もしも、ベルヌが正に「それ」と何らかの接触をしていたら・・・
などと想像してみると楽しいですね♪
まとめ
- 宇宙船のイメージっていつからあるの?
- 1865年のジュール=ベルヌの『地球から月へ』が最初
- ロケット方式での月旅行の物語自体は17世紀にも書かれている
- ベルヌの「宇宙船」は1961年の人類初の有人宇宙飛行よりずっと古い
- 宇宙開発理論が確立した19世紀末~20世紀初頭からも約30年さかのぼる
- もしやベルヌは・・・
以上、宇宙船のイメージの起源について探ってみました。解釈次第ではもっとずっと古くからあるかも知れませんが、「科学技術で作られた有人の乗り物」ということではベルヌが最初なのではないかと思います。
果たして、人類に「宇宙船」のインスピレーションを与えたものは何だったのか?時代を先行するSF作家の想像力に影響を与えている何かがいる、というのもまた一つの魅力的な「SF」ですよね。
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