暗殺者のサインに熱狂するアメリカ人

奇談

1881年11月25日、カンザス州フランクフォート市の地方紙『フランクフォート・ビー』がこんな感情的な一文を掲載した。

ギトーのサインを求める者が増えたことを報じる記事

愚かな殺人者に何が起きているのか? 数え切れないほどの馬鹿者がギトーのサインを求めており、生意気な暗殺者の虚栄心を満足させている。

―『フランクフォート・ビー』1881年11月25日

ギトーとは、ガーフィールド大統領(1831-1881)の暗殺犯・チャールズ=J=ギトーのことである。

チャールズ=J=ギトーの横顔

チャールズ=J=ギトー(1841-1882)

1881年11月25日と言えば、ガーフィールド大統領暗殺事件の奇妙な後日談・人面弾丸事件が世間に知られるようになった直後である。因果関係は不明ながら、合衆国にまた新たな「スター」が誕生したのかも知れない。

暗殺者のサインを求める人々

この不名誉な著名人への熱狂がどれほどすごかったのかというと、サインの要望があまりにも多すぎて、ギトー自身が提供不可を発表するほどであった。

ギトー、サインの供給中止を発表する

裁判のメモ

ギトーのサインは過去2~3週間の需要があまりに大きかったので、本日、彼は需要を供給できないし、しないと発表した。今日 彼が拒否した特断の理由は、女性から、彼女が送った一枚の紙に名前を6回署名するよう求めるメモを法廷で受け取ったことであった。彼はその要求を承諾しなかったが、彼にメモを手渡した一団に対して裁判に専念しているので継続的に署名することはできないと話し、くだらぬ好奇心を満足させた。女性は大いに怒ったが、すでに彼から10枚のサインを手に入れ、サインを要求した友人に送ったことを認めた。

ー『ボルチモア・サン』1881年11月23日

※”The lady was much put back”の意味が分かりません。”put someone’s back up(~を怒らせる)”という成句を参考に「怒った」と訳しましたが、正解をご存知の方がいたら是非ご教示願います。

ミーハーでお節介な女性とはどこにでもいるものである。ギトーは、釈放後に大統領選への出馬を計画していたと言われウィキペディア、恐らく相当な目立ちたがり屋だったはずだが、その彼をもウンザリさせるとは天晴(あっぱ)れな強者(つわもの)である。

ギトーが提供不可を発表してもなお、サインを求める声が途絶えることはなく、むしろ増える一方だった。

サインを求める声が継続的に増えていることを報じる記事

ギトーのサインへの需要は持続しており、かつ増加している。

―『ヘラルド・アンド・レビュー』1882年1月8日

ついにギトーは、サインを有料制にすることを決定する。

ギトーのサインが有料になったことを報じる記事

ギトーのサイン

ミドルタウンのサイン収集家が、暗殺者ギトーに彼の署名一筆(いっぴつ)を求める手紙を最近書き、暗殺者本人からではないが次の返信を受け取った。

拝啓 チャズ=ギトーのサインへの申し込みが多数あるため、相当な手間と費用をかけずに応じることは現実的ではなくなりました。したがって、支払いがない限りご要望には添えません。サイン1枚で25セント、もしくは5枚で1ドルです。

F. M. スコヴィル
トレモントハウス

―『ミドルタウン・トランスクリプト』1882年1月27日

手紙の差出人のスコヴィル夫人というのは、ギトーの姉妹に当たる人物である。サイン5枚で1ドルかあ・・・ギトーはどのくらい稼いだんだろうか?

それが分かるのがこちら。

サインによるギトーの稼ぎについて書かれた記事

請願者はさらに名誉に敬意を表して提示する。前記チャズ=J=ギトーが所有者であり、所有している数千ドル相当の個人資産、主として著作権・原稿および文学作品の出版に付随するその他の物件および権利からなり、チャールズ=J=ギトーの多額の受領、すなわち自身の写真とサインの販売による1日当たり合計15ドルは、上記申し立てのとおり精神異常であるという理由で、そのような財産および収入の管理及び責任を負うことは完全に不適当であり不適任である。

―『デイリー・グローブ』1882年4月11日

少々お堅い文章だが、これは前述のスコヴィル夫人がギトーの後見人を立てることを求めて裁判所に提出した請願書の一部である。

写真とサインの販売で1日当たり15ドルか。「インフレ計算機(The Inflation Calculator)」で計算してみると、1882年の15ドルは2019年の402.39ドルに相当するらしい。これを試しにドル円の2019年の終値・108.61円で換算してみると、約4万3700円になる。月収にして実に131万円以上!相当がっぽがっぽだったんだね、このサインビジネス。

なお、『ミドルタウン・トランスクリプト』のサイン5枚で1ドルという記載を参考にすると、15ドルということは1日75枚、月間2千数百枚を売り上げたことになる(※15ドルには写真の売り上げも含むのであくまで参考)。この熱狂的人気は正にアサシン系アイドルのはしりと言えよう!そんなジャンルがあるのか知らないが。

皮肉と風刺と悲喜劇

このアメリカ国民の馬鹿げた熱狂は、皮肉や風刺を呼び込み、数々の悲喜劇を生んだようである。

絞首刑用のロープでも売っとけ

『レブンワース・ウィークリータイムズ』は、ギトーの弁護費用を支払うための「素晴らしいアイディア」を思い付いた。

ギトーの絞首刑用ロープの販売を提案する記事

おそらく、ギトーのサインを求めてサイン帳を裁判所に送る珍奇の探究者たちは、最終的にはギトーの(絞首刑用の)ロープの切れ端をお土産として欲しがるだろう。我々は、ロープを細かく切って1インチあたり10ドルで販売し、それで弁護費用を支払うことを提案する。

―『レブンワース・ウィークリータイムズ』1882年1月5日

この「素晴らしいアイディア」は本当に実行され、『デイトン・ヘラルド』が伝えているところによると、死刑執行から2週間足らずの時点で「ギトーを吊るしたのと同じロープ」が約2.5マイル(約4キロメートル)分も熱心なコレクターの間で出回っているという(『デイトン・ヘラルド』1882年7月12日)。

国の愚かさの統計

米国民の「ギトーフィーバー」はナイスなアメリカンジョークも生んだ。

ギトーに関するアメリカンジョーク

「我が国の愚かさの統計はどうすれば得られるかね?」
「ああ、簡単です。 ギトーのサインに25セント支払った人の数を調べればいいのですよ。」

―『サウス・ウェスタン・プレズビタリアン』1882年4月20日

質問をした人がその「愚か者」だったらどうするの?

暗殺者のサインのせいで離婚

ギトーのサインは、とある若い男性に悲劇をもたらした。

暗殺者のサインが原因で別れたカップルに関する記事

堕落した犯罪者をもてはやすことは必ずしも割に合うとは限らない。フィラデルフィアの賢明な若い女性は、ワシントンに旅行して手に入れたギトーのサインを彼女に見せた若い男性との婚約を最近 破棄した。彼女は説明の中で次のように述べている。「私は生まれついてのバカと結婚したいとは全く思わなかったわ。だから別れたの」

―『スチューベン・リパブリカン』1882年3月8日

かわいそうに。

暗殺犯も政府高官も同じ

犯罪者に熱狂するモノ好きの中には、大統領暗殺犯が書いたのと同じサイン帳を合衆国政府の公職にある者に渡してサインを求める無分別者もいたようである。

米国財務長官にサインを求めた男性の記事

フォルジャー長官は、先日、ギトーのサインが書かれたサイン帳に自分の名前を書くことを拒否し、それを持ってきた男と陽気な会話をした。

―『バーモント・フェニックス』1882年2月10日

フォルジャー長官とは、当時の合衆国財務長官・チャールズ=フォルジャーのことである。

フォルジャー長官の肖像

チャールズ=フォルジャー(1818-1884)

愚昧(ぐまい)な民衆に温かく接してくれるフォルジャー長官の気さくさだけが救いである。

ギトーに財政支援をしてでもサインが欲しい

米国民に広まった珍奇なブームは、ついに隣国カナダにまで波及した。トロントのとある男性は、奇抜な方法でギトーのサインを入手している。

ギトーに資金援助をしてサインを手に入れた男性の記事

彼はギトーのサインを手に入れた
シカゴ・トリビューンへの特電

トロント発、2月22日―ギトーのサイン入手を切望するこの街の紳士は、その抜け目のない変人(=ギトー)に一定の援助を提供するという新奇な方法を思い付いた。この手紙に対して、次の返事が届いた。

アメリカ合衆国刑務所、ワシントン、2月13日-
拝啓:2月10日付の貴殿の親切なメモを受け取りました。それに感謝を述べるとともに、貴殿が私に送りたいと考えている全てを謹んで受領いたします。できれば200ドルを送っていただきたい。それは私の役に立つでしょう。私の注文に対して支払いをお願いします。

チャールズ=ギトー

―『シカゴ・トリビューン』1882年2月23日

ギトーは厚かましくも200ドルを要求。これは、上でもみた「インフレ計算機」で計算すると、2019年時点の5365.26ドル、約58万3000円に相当する。ギトーは全てと引き換えにビジネスで成功したように見える。どれだけ金があろうと、あの世には鐚一文(びたいちもん)持っていけないけどね。

人気の翳(かげ)り

一躍「スター犯罪者」となったチャールズ=J=ギトーにも、ついに人気に翳りが見られ始める。

ギトーのサイン市場の不振を伝える記事

ギトーのサイン市場(しじょう)は現在非常に不振である。ベティと赤ちゃんは、ギトーと市民のビジネス関係をくじいた。

―『ハリスバーグ・テレグラフ』1882年3月29日

ギトーのサインビジネスをくじいたのは、「ベティと赤ちゃん(Betty and the Baby)」であるという。ベティと赤ちゃんとは、義憤(ぎふん)に駆られて大統領暗殺犯を暗殺しようとしたメイソン軍曹の妻子である。

メイソン軍曹/Twitterより引用

メイソン軍曹は、ギトー殺害を企てた廉(かど)で軍法会議で懲役8年の刑を受け、3月12日にマスコミに裁判結果が公表されたばかりだった。「不公正な判決」に怒った多くの米国民は、メイソン軍曹の恩赦を求める署名を行い、同時に彼の妻子を支援するため「1ペニーをベティと赤ちゃんのために(A Penny for Betty and the Baby)」をスローガンに寄付金を募ったのである。

「大統領の仇討ち人」を英雄視するこうした運動が、暗殺犯・ギトーのビジネスをくじく形となった。

死刑間近のサインビジネス

『ディケーター・デイリー・リパブリカン』の記事は、人気に翳りが見られ始め、死刑執行も3か月後に迫った時期のギトーのサインビジネスの様子を伝えている。

1882年3月20日、イリノイ州ディケーター在住の裁判官・レース氏夫妻がワシントンを訪れギトーと面会した。この頃のギトーは、自由に使える複数の独房を与えられ、良い身なりをし、「処刑までの期限付きの自由」を享受していたようである。

ギトーのサインビジネスについて伝える記事

ギトーはディケーターを覚えていると言った。彼はその美しい町を訪れたことがあった。18年前に一度だが。「応接独房」には、たくさんの本や書類・その囚人の写真の山が展示されていた。裁判官は1ドルを支払って写真1枚とギトーのサインを求めた。サインは、写真を引き渡すよりも早くギトーが書き上げた。(大統領への)銃撃・裁判・あるいは6月30日に差し迫った処刑については一切言及しなかったが、ギトーは自分の個人的な外見・家族・そしてイリノイ州について話し続けた。

―『ディケーター・デイリー・リパブリカン』1882年5月8日

応接用の独房まで持っているというのだから、何とも好待遇の囚人である。しかし、それも残り3ヶ月のかりそめの住まいに過ぎない。核心的な事に触れずに個人的な話を早口で続けるギトーには、確定した「死」を前にした人間の現実逃避めいたものを感じる。

1882年6月30日チャールズ=J=ギトー死刑執行。40歳であった。こうしてギトーの「サインビジネス」は幕を閉じた。

おわりに

以上、大統領暗殺犯に熱狂する約140年前のアメリカ人の様子をお届けしました。

チャールズ=J=ギトーが、犯した罪の重大さから注目と嫌悪を同時に浴びる一種の「ダークヒーロー」的な立ち位置に居たというのは興味深いですね。こうしたギトーへの多大な関心は、彼自身の奇矯(ききょう)な行動によるところも大きかったと思います。ギトーは、新聞に広告を出して「30歳未満の可愛いクリスチャン女性」を募集したり、裁判中 弁護団にさえ罵倒(ばとう)を浴びせたりしていたそうですよ(ウィキペディア)

しかし、メイソン軍曹という「正統派ヒーロー」の台頭で、その「ダークヒーロー」も勢いを失っていきます。たとえ法的に間違っていたとしても義侠心(ぎきょうしん)に駆られた行動と、大衆の同情を集めた象徴的な「弱者」(=ベティと赤ちゃん)は強いですね。勧善懲悪(かんぜんちょうあく)と「弱きを助け強きをくじく」は時代を超えて万国共通なのでしょう。