恐怖!ネズミの幽霊を見た科学者

奇談

1906年(明治39)3月27日、サンフランシスコで在米日本人向けに発行されていた『日米新聞』にセンセーショナルな記事が掲載された。

科学者ネズミの幽霊を見る

科学者鼠(ねずみ)の幽霊を見る
ー『日米新聞』明治39年3月27日

ネズミの幽霊とは何か?仮にも科学者が本当にそんな世迷言(よまいごと)を言ったのか?科学史に残る珍事件の謎に迫ってみよう。

奇々怪々、ネズミの幽霊事件

日米新聞が伝える話は実にキテレツである。

ワシントンDCの心理学者・エルマー=ゲイツ博士(記事中ではエルマーゲート氏)が実験中にネズミを殺したとき、その霊魂のようなものが出てくるのを見たと主張して同市の科学者たちをビックリさせたというのである。

何でも、密閉されたガラス管の中にネズミを入れて遮へい物の前に置き、X線に似た光線を照射したところ、なんとネズミが死んだ瞬間その体が透明になり、さらにネズミと全く同じ形をした影がガラス管を通り抜けて来て、遮へい物に触れて消えたというのだ。

実験の想像図

想像図

おいおい、本当か?

話の真偽やいかに?

事の真偽(しんぎ)を確かめるため、話の出どころを探す必要がある。幸い、記事の最初に「三月二十五日紐育(ニューヨーク)発」と書いてある。情報源は二日前のニューヨークだ。

さっそく、アメリカ議会図書館のホームページで3月25日のニューヨークの新聞を調べてみると、見つかりました。

ザ・サンの該当記事

影は命とともに消える
ゲイツ教授によって発見された新光線による奇妙な実験
ー『ザ・サン』1906年3月25日

ニューヨークで発行されていた『ザ・サン』という新聞に載った記事だ。これを読むと、3月24日にロンドンで開かれた心理療法学会の講演でエルマー=ゲイツ博士の実験が紹介されたということが分かる。

『日米新聞』の記事では、あたかも数日前にエルマー博士が実験を行ったように書いているが、実際は講演で紹介されただけなのである。

講演では、ウォード氏という人物が博士の実験を紹介したらしい。

(前略)生きたネズミを密閉されたチューブに入れ、光線の経路上の感光スクリーンの前に置いた。ネズミが生きている間、それは(スクリーンに)影を落とし続けた。ネズミが死んだとき、それは突然透明になった。
「ここに」と講師は言った。「奇妙な現象が起こりました。ネズミが透明になった瞬間、まったく同じ形の影が通り過ぎたのです。いわば、(影が)ガラス管の外に抜け出て感光スクリーンを通過するときに消えたのです。」

ー上の記事の本文より

『日米新聞』の記載と同様、非常に奇妙な実験内容が紹介されたようだ。

どんな講演だったのか?

講演が行われたのはロンドンなので、現地の新聞も見てみたいところ。大英図書館のデジタルアーカイブで調べてみると、3月26日の記事が見つかりました。

デイリーミラーの記事

魂の影
科学者によるネズミを使った驚くべき実験、不滅の証明
ー『デイリー・ミラー』1906年3月26日

『デイリー・ミラー』というタブロイド紙に載った記事で、上の『ザ・サン』同様ウォード氏がエルマー博士の奇妙な実験について紹介したことを報じている。伝えている実験内容もほぼ同じで、ガラス管に密閉したネズミに光線を当てると、死んだ瞬間透明になり、同時に全く同じ形の影が出て来て感光壁を通過する際に消えたというもの。

ウォード氏はエルマー博士の実験について次のように述べたという。

この現象の驚くべき側面は、もしこの抜け出た影を、それが命を持っているかどうか知るために使うことが出来れば、我々は天地創造以来はじめて死後の生命の継続性の証拠を得ることになるということです。

ー上の『デイリー・ミラー』の記事本文より

さて、疑問に思われる方もいるのではないだろうか?学会の講演というまじめな場で、なぜウォード氏はこんなちょっとオカルトチックな話をしたのだろう?

実際、講演に対する批判もあったようで、著名な科学記者のサリービー博士は、魂が写真乾板に影響を与えるほど物質的であると思い込んでおり、そのような物質主義的な生命の概念は唯心論を自称する粗悪な唯物論のようなものだと痛烈に批判したらしい(記事本文)。

別の記事から見えてくるウォード氏の意図

ウォード氏の意図は、もう一つの記事を読むと見えてくる。それがこちら。

デイリーニューズ心理療法学会の記事

メンタルヒーリング
ロンドンの“とある病院”
ー『デイリー・ニューズ』1906年3月26日

3月26日にイギリスの日刊全国紙『デイリー・ニューズ』に載った記事だが、これを見るとウォード氏は決してエルマー博士の実験だけを取り上げたわけではないことが分かる。この記事が伝える講演の内容は次のようなものである。

ウォード氏の講演の概要
  • 生命・健康・病気の大きなテーマについて話した
  • キリストとその使徒たちによる癒しの奇跡は、精神的、磁気的、または超自然的(psychic)な癒しだった
  • すべての人間には、自分自身や他人の病気を治す力があり、肉体から生じる一定の超自然的または神経的な力があった
  • さまざまな情報源や世界史のあらゆる時代から豊富な実例を引用し、その力が実在することを示した
  • 患者に良い影響を与えるため、「医者」は純粋で、明朗で、思慮深く、誠実でなければならない

たぶん、彼が一番伝えたかったのは最後の部分だろう。医師のあるべき姿を伝えるため、他人に影響を与える人間の不思議な力を取り上げ、様々なソースからその力の実在を論証して見せたのだろう。そして、取り上げた事例の中にエルマー博士の実験も含まれていたと思われる。

「科学者ネズミの幽霊を見る」の真相

さて、以上で日米新聞の「科学者ネズミの幽霊を見る」という記事の真相が大体見えてきたので、ここで軽くまとめをしておく。

  • 1906年3月24日、ロンドンで心理療法学会が開かれ、市会議員のウォード氏が講演を行った
  • 講演の中でウォード氏は、エルマー博士が行ったというネズミを使った奇妙な実験についても紹介した
  • タブロイド紙の『デイリー・ミラー』は、特にその部分だけを取り上げて記事にした。恐らく、読者の興味を引きやすい部分を選び取ったと思われる
  • ニューヨークの新聞『ザ・サン』も講演についての記事を書き、エルマー博士の実験の部分だけを特に取り上げた。こちらは、自国の学者に関する部分を紹介したといったところだろうか?
  • その記事を見た『日米新聞』は、あたかも数日前にエルマー博士が実験を行ったかのように書き立てた。しかも、「幽霊」や「霊魂」などの読者の興味を煽る表現を用いて

以上が、「科学者ネズミの幽霊を見る」の真相である。何だか、少しずつ内容が変わっていく伝言ゲームを見ているかのようだね。

エルマー博士は本当に変な実験を行ったのか?

しかし、ここで一つの疑問が残る。エルマー博士は本当に講演で紹介されたようなネズミの魂について調べる奇妙な実験を行ったのだろうか?この謎を解明しないのは片手落ちなので、もう少し調べてみよう。

エルマー博士ってどんな人?

そもそも、エルマー=ゲイツ博士とはどんな人物だったのか?

エルマー博士の肖像

エルマー=ゲイツ(1859-1923)

引用 ElmerGates.comより

ElmerGates.comによれば、メリーランド州やワシントンDCに研究施設を所有していた科学者で、多くの特許を取得した発明家として有名な人物とのこと。

彼の発明としては、

泡消火器の特許

泡消火器や、

電気アイロンの特許

電気アイロン、その他多数が知られている(画像はElmerGates.comのUS Patents of Elmer Gatesのページより引用)。

しかし、こうした発明家としての豊富な実績にもかかわらず、彼は心理学者を自負していたという。

発端(ほったん)は1本の論文だった

ネズミの魂目撃騒動の発端になったのは、彼が1902年に書いた「不滅の新見地(Immortality from New Standpoints)」という論文だった。『死後の世界の証明(The Proofs of Life After Death)』という本の出版に際し、編集者から乞われて寄稿(きこう)したものである。

この論文の中でエルマー博士は、Immortality(永遠の生命、魂の不滅)を科学的に証明する方法として、ある「仮想実験」を提案している。

「不滅」を証明する仮想実験

それは以下のような実験だった。

仮想実験の図

壁と光源の間にガラス管に密閉した実験対象の動物を置き、X線に似た新種の光線を照射するというものである。

光線の性質

その光線は無機物を通し、生物体を通さない。しかし、生物が死ぬと透過するようになるものとする。

壁に塗る物質

また、壁には光線の作用で色が変わる物質を塗り、不可視の光線を可視化する役割を果たす。

このような条件で実験を行うものとし、エルマー博士は次のように述べている。

もし密閉されたガラス管の中で動物を殺したところ一定時間経過ののちに突然透明になるのが見られ、同時に動物とまったく同じ形の影がガラス管を通り抜け壁に向かって移動するのが見られたなら、何らかの有機体が動物の原子体を離れたと推定される。それは原子ではなく恐らくエーテル性で、ガラスを通り抜けることができるものである。その逃げる有機体を捕まえて、それがまだ心を持っているという証拠を与えることができれば、我々は「霊的な」有機体の存在と死を超えた生命の継続性についての実験から得られた帰納的証明を得るだろう。しかし、それが永久に続く存在であることは実証されない。

ー「不滅の新見地」の本文より

実に興味深い。特に、仮想の実験にもかかわらず、「動物とまったく同じ形の影が出てくる」などという奇妙な現象が起こることを想定している点が面白い。

ちなみに、以上の説明で分かったと思うけど、「透明になる」というのはあくまで「光線が透過するようになる」と言う意味で、決して動物の体がスケルトンになるという意味ではなかったんだね。

「動物とまったく同じ形の影が出てくる」とはどういうことか?

エルマー博士はなぜ、仮想の実験なのに「動物の影が出てくる」などという超常的現象の発生を想定していたのだろうか?実はこの「仮想実験」、全くの仮想ではなかったのである。博士が何年も前に実際に行ったネズミと電磁波を使った実験が基になっていたのだ。

その実験とは、ものすごく大ざっぱに言えば、次のようなものだった。

電磁波とネズミの実験の図

密閉されたガラス管にネズミを入れて電磁波を照射し、反対側の記録画面で記録するというものだ。

この実験をとおして博士は、生きているネズミは電磁波を通さないが、死ぬと通すようになることを発見した。これは、生きている間は筋肉や神経が電気的に活動しているが、死ぬとこれらの活動が停止するからである(エルマー博士の論文「生命の電気的基礎(Electrical Basis of Life.)」より)。

問題なのは、この実験中、博士の助手が、死にかけているネズミから同じ形をした影が出ていくのを見たように思ったらしい。「思った」というのは、博士自身は見ておらず不確かな話だからだ。何度もテストをしたが、ついぞ博士自身はそのようなものを何も見ることが出来なかったという(前述論文「生命の電気的基礎」より)。

もしかすると博士の助手は、実験に対する期待から幻覚を見ただけなのかも知れない。ともあれ、仮想実験で想定した奇妙な現象には、このような裏話があったのである。

新聞によってセンセーショナルに取り上げられてしまう

ところがこの裏話は、ゴシップ好きな新聞の興味を惹くのに十分だった。論文発表から約2年後の1904年ころ、仮想実験について取材を受けたことがきっかけで、博士の「ネズミの実験」は彼の意に反して非常にセンセーショナルな形で報道されてしまう。

実験を報じるイブニングワールドの記事

魂が見えた
その存在の明らかな証拠
壁の影
ー実験について報じる『イブニング・ワールド』の記事(部分)、1904年1月22日

見出しには読者の興味を煽る文句が並び、実験の様子を示す非常に奇妙なイラストまで載っている。こうした新聞記事では決まり文句のように「魂(soul)」という単語を使っていた。博士が論文で仮想実験について説明したとき、一度もそんなワードを使わなかったにもかかわらずである。

このような興味本位の報道に困惑したエルマー博士は「火消し」に回ることになる。まず、1904年の3月か4月ころ、『Suggestion』という雑誌に「生命の電気的基礎」という論文を投稿し、ネズミの魂を見たというのは誤解であると訂正する。また、2年後の1906年に発表した「電磁波と光波に対する動物体の透明性について」という論文でも重ねて否定している。

しかし、博士のこうした消火活動は結局失敗に終わったようだ。上で見てきたように、1906年に開かれた学会の講演で依然として非常に誤解されたまま引用されているのだから。そして、その結果の一つが冒頭で見た日米新聞の「科学者ネズミの幽霊を見る」の記事でもあるのだ。

おわりに

今回は、日米新聞のセンセーショナルな記事からスタートして、科学史の影でひっそりと光を放つ珍事件の謎を解き明かしてみた。結果は、エルマー博士は「ネズミの魂」など見ておらず、助手が見たような気がしたという非常に不確かな話だった。

興味本位で取り上げるメディアも悪いが、そんな話を論文で使ってしまったエルマー博士にも責任の一端があると思うね。でも、メディアの身勝手な報道というのは、今日(こんにち)にも通じる部分があって調べていて面白かったです!

エルマー博士については他にも、「人は感情によって吐く息に色が付いており、怒りの感情だと毒物を生成する」というデマが流布(るふ)している。科学とは、時に誤解と期待と扇情とが交じり合って、奇形児を生むものであるらしい。